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  串本町各地区の特徴や産業、施設など紹介します。
本州最南端の地、潮岬は北緯33度26分、東経135度46分。これは、東京の八丈島とほぼ同緯度に位置する黒潮の当たる町です。また、鰹のケンケン漁発祥の地としても知られ、昔から漁業が中心に栄えた町ですが、近年の漁獲量減少などにより、鰹のブランド化や体験型観光を中心に町おこしにも取り組んでいます。そして、合併後串本町となった旧古座町は、江戸時代から古式捕鯨や紀州備長炭、木材の搬出などで栄え、古い歴史と文化の残る町です。温暖な気候と恵まれた自然、そんな気候風土が生み出す人情豊かな人柄の町を紹介いたします。
[1]串本町の中心串本地区
旧串本町内の地区で、昔から漁業と観光が中心で、それに伴って発達した商業地区とになります。串本駅を中心に広がる商店街、隣接する県内大手スーパーと関連施設は、町内で一番の繁華街です。
駅東側に新しく開発された「サンナンタンランド」には、住宅地、大型リゾートホテル、総合スポーツ施設があり、2011年11月には地域医療をになうくしもと町立病院が新しく開院しています。
 
 串本町内の商店街
新町通り商店街、商栄会商店街、駅前通り商店街の3商店街からなる商業地区ですが、新町通り商店街、商栄会商店街を中心に駅から遠くなるほどシャッターを降ろす店が増えてきています。
反面、駅から遠い店舗の家賃も安くなってきたのか、一部では新たな店舗開店の動きも見えます。
家賃の問題と賃貸の問題を解決できるなら、専門性、独自性などを考えた大型量販店にも対抗できる起業であれば、商店街の活性化にもつながり、道も開けるのはと思います。
 詳しくは、串本町商工会で…
 
 
 サンナンタンランド
ひときわ小高い高台に位置し、串本の町はもちろん、海を挟んで紀伊大島が一望できます。
野球場、温水フプールなどの各種スポーツレクリエーション施設が整うサン・ナンタンランド゙は、本州最南端の温暖な気候と美しい自然を生かしたスポーツパラダイスです。
●主な施設
・多目的グラウンド:400mトラック(6コース) フィールド内はティフトン芝、トラックはクレー仕上げ、陸上競技、サッカー、ソフトボール等の競技が可能
・野球場:地元クラブはもちろん、積雪のない年間を通じて温暖な串本の気候を活かし、社会人・大学クラブのキャンプなどに利用されています。
・テニスコート:人工芝(砂入り)コート/4面(夜間照明施設を設置) 、準全天候型(グリーンサンド)コート/4面
・B&G財団串本海洋センター:プール(ステンレス製)6コース25m×13m、幼児用プール、ジャグジープール、トレーニング、エアロビクスルーム等備え水温25℃前後の一年中使用していただける温水プールです。
 
[2]旧古座町の中心古座地区
旧古座町の中心地区で、江戸時代、古座捕鯨組や紀州備長炭、山間部から切り出された木材の運搬などに関わる人々で賑わった古座街を中心に、歴史ある神社、仏閣、民家などが名残をとどめています。
 
 御船祭りと古座流獅子舞
御船祭りは古座川流域の5地区(古座、古田、高池、宇津木、月の瀬)が担い手となって行われてきた伝統祭礼で、紀州藩が編纂した「紀伊続風土記」に「日置浦より新宮迄の間に此祭に次ぐ祭なし」と書かれるほど古くから有名な祭りでした。河口に位置する古座の中心産業は漁業、その他の地区は主に山林業を基軸に長年コミュニティーを形成してきました。このように性格を異にする地域が年に一度、共に河内神社(河内様)に集い、それぞれ独自のやり方で祭礼を行うという、他にあまり例をみない形式の祭りで国指定無形民俗文化財に指定されています。
また、河内祭等で演じられる獅子舞は、紀南各地に「古座流獅子舞」としてこの地方に伝わる獅子舞のルーツであり、その高い文化と、かつての繁栄の証が凝縮されています。
 
 
[3]串本町の漁業について
串本漁港には約180隻余りの漁船が登録されていますが、多くは鰹のケンケン漁、トビウオの棒受け網漁、マグロの延縄、一本釣りなどで、ここ数年の漁獲量減少は他府県と同じ様なものです。
鰹についてはケンケン釣り発祥の地と言われ、鰹のケンケン漁で水揚げされたものを、仲買業者が厳選し「しょらさん鰹」としてブランド化されています。
また、世界初のクロマグロ完全養殖に成功した近畿大学水産試験場も町内にあり、湾内ではクロマグロ養殖もされ、世界的なクロマグロ減少と相まって、畜養マグロが注目されているところです。
 
 
 新鮮な魚介類が安く安心して食べられる町
黒潮の恵みを受ける本州最南端のまち串本での「食べる」「グルメ」「名物」と言えば、必然的に海の魚介類が中心になります。
鰹、鮪など鮮度の高いお刺身の本場と言っても過言ではありません。
また、海岸線に山が迫っていることもあり、海の幸に負けないほどの山の幸があることも相まって、グルメファンには堪えられない料理、食材、名物があります。
 串本ブランド「しょらさん鰹」
串本町が発祥とされるケンケン漁でとれたカツオを「しょらさん鰹(カツオ)」のネーミングで、売り出しています。「しょらさん」は串本の言葉で愛しい人の意味です。
ケンケン漁法は船を走らせながら、疑似餌でカツオを釣り上げる一本釣りで、串本漁協は例年1000トン前後のカツオを水揚げし、最盛期にはケンケン釣り船が町内外から約800隻集う関西一の基地で、カツオは売上げ全体の3〜4割を占める主力魚種として水産業の核となっていました。
 JF和歌山東漁業協同組合ホームページ
 
 
 
[4]串本町の観光について
本州最南端の地、潮岬は北緯33度26分、東経135度46分。これは、東京の八丈島とほぼ同緯度に位置します。
茫々たる太平洋に面し、東西に長く延びた海岸線はこの地方の特色であるリアス式海岸で、奇岩・怪石の雄大な自然美に恵まれ、吉野熊野国立公園及び枯木灘県立自然公園の指定を受ける南紀熊野など、有数の観光地として知られる一方、古くから、リアス式海岸に生息するプランクトン、小魚を求め、大型魚類や地球最大の哺乳類、鯨が回遊し、漁業の町として繁栄し、平成となった現在も漁業の盛んな地域として、広く知られるところです。
また、ラムサール条約に登録された串本の綺麗な海は、京阪神や中京方面から気軽に来れるダイビングスポットとして人気があり、たくさんのダイビングショップが営業されています。
漁業を含む海とは切っても切れない串本の観光は、景勝地を観てまわる観光か、大自然を活用した体験型の観光へと少しずつ変化もしてきています。
 
 海上交通の要所
江戸時代、鎖国が解かれた日本に、各国からの要請で潮岬と大島の樫野埼に石造りの灯台が建設されました。また、台風銀座と称せられるように海の難所としても知られ、多くの悲劇が起こり、歴史的にも知られる「トルコ軍艦の遭難」や「日米修交の地」など多くの史実が残されています。
 
 ダイビングスポット
北緯33°26′…黒潮踊る南紀串本は本州屈指のダイビングスポット。本州最南端に加え温暖で滋養豊かな黒潮が接岸するため、真冬でも水温が15℃を下ることはなく、温帯と熱帯の生物が入り交じる、沖縄でも伊豆でもない独特の海中景観を形作っています。
串本町の“サンゴの町宣言”の名前に恥じない100種類以上のサンゴに、内海でのマクロ系のフィッシュウォッチング、そして外洋の切り立った根にガンガン回る大型回遊魚との遭遇などなど、本州でも屈指のダイビングスポットです。
 
 磯釣り
黒潮打ち寄せる本州最南端、浦神半島、荒船海岸、そして潮岬から枯木灘沿岸の和深までは、磯釣りのメッカで、関西・中京方面や遠く四国方面からの釣り客で賑わいます。
潮岬には、太郎と花子と呼ばれる巨大な尾長グレの話もあり、一時期、潮岬で釣り上げられた尾長グレが日本記録とされていました。
現在は、尾長グレ:83.3cm(長崎アジネ)口太グレ67.5cm(四国宿毛沖)とされており、今も潮岬の巨大グレを狙う太公望が絶えません。
 
 熊野古道大辺路
大辺路(おおへち)は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へ通じる参詣道・熊野古道のひとつ。
大辺路は塩浜から串本を避けるように鬮野川を経て姫に抜けており、姫から橋杭・串本・袋を経て高富に達する道は、「下浦海岸道路は昔は道らしきものなく、只海浜を伝い歩いたことは上浦大洞の道と同様であった」(『串本町誌』)
「橋杭道は砂浜に枋(ほう)の木が一面に生えていて、その間を人が通って自然に出来た浜道であって、それが唯一の道路でした。袋と高富の間に流れる鬮野川に架かる橋が「犬戻り橋」と名付けられているのも、荒波の打ち寄せる難所であったことを象徴的に語っています。
そんな熊野古道大辺路を歩く方も年々増え、新たな観光資源の一つになっています。
[5]串本の農業について
一年を通じて温暖な気候と、日照時間の長さなど、農業や花卉栽培に適した串本は、ポンカンやキンカン、かすみ草などの栽培が盛んです。特に紀伊大島の樫野地区で栽培されている明和金柑は、実が大きく味も良いと言うことで、京都などの高級料亭で会席料理などに使われていました。
海からすぐに山間部となる地形から、決して大きな耕作面積があるわけではありませんが、温暖な気候や長い日照時間、豊富な良質の水などを活用し、特化した農産物を栽培すれば農業の活路も見出せるのではと思います。
  
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